美術修復修行中。


by jaimeleschiens
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文化遺産専門目録調査官

今日は一日、研修生さんと一緒に、昨日の午後の続きの「DEPIQUER デピケ」。
始めると、つい時間を忘れてしまいます。
この研修生さんは、将来は文化遺産専門目録調査官(ATTACHE DE CONSERVATION DU PATRIMOINE SPECIALITE INVENTAIRE アタシェ・ド・コンセルウ゛ァスィオン・デュ・パトリモワン・スペシャリテ・アンウ゛ォンテール)になって、フランス国内の各地域に残る文化遺産の目録を作成して世に残したいんだそうです。
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by jaimeleschiens | 2006-06-20 22:15 | 平日
今日の前半は、私にとっては久々に教会での現場作業です。
今回の教会は、とても小さなロマネスク教会ですが、昨年初めて私にも一つの窓(BAIE 「ベ」といいます。)の三パネルを任せてもらえた、少々思い入れのある教会です。
今までのこの教会に関しての私の作業は、

1. 菱形窓(LOSANGE ロゾンジュ)を取り外して(DEPOSER デポゼ)、
2. アトリエで鉛線を丁寧に開いてロゾンジュのピエスを一枚一枚取り出して(DEPIQUER デピケ)、
3. 無傷のピエスと割れた使用不可のピエスとに分けて、
4. 無傷のピエスを再び鉛線に埋め込んで(REPIQUER フピケ)、
5. 教会に運んで窓にはめ込んで(REPOSER フポゼ)、
6. 石灰(LA CHAUX ラ・ショ)と砂(LE SABLE ル・サーブル)とを1:3で混ぜて水で泥状にして、
7. 6. を窓の周りに塗り固める(SCELLER セレ)。

それがこれです。(写真、左に倒れてしまいました。)
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鉛線もピエスも、全部19世紀に作られた当時のものです。
なので、一見すると、鉛線もガラスも汚くくすんで、どこが修復だ、と怒られそうですが、これが我々の意図したところ。この教会を管理する役場との取り決めで、「ロゾンジュはすべて当時のものを用いる」「ロゾンジュにするピエスが足りなくなった窓は、創作パネルをはめる」ということになっているのです。
今回は、その創作パネルをはめる作業と、さらに、私の担当のロゾンジュの周囲をもう一度石灰で塗り固めるという作業です。
ということで、半日、私は壁塗り職人、左官でした。これまた、ツボをついて、はまるんです。
窓の右側は左手で塗り、左側は右手で、と塗っているうちに、気がついたら結局左側も左手でした。
左利き決定。

さて、アトリエへ戻ったのが14時、アトリエの台所で急いで昼食を摂り、その後は4枚の個人所有パネルのうちの二枚の、割れたピエスをデピケ。

さて、今日から、高等美術工芸学校(ECOLE SUPERIEURE DES METIERS D'ART エコール・スュペリュール・デ・メチエ・ダール)からやってきた研修生(STAGIAIRE スタジエール)一人も一緒です。

この研修生は、すでに大学院で美術史(HISTOIRE D'ART イストワール・ダール)の修士号 (MAITRISE メトリーズ) の取得後、さらにメチエ・ダールへステンドグラスを学ぶために入学し直して、三年間のうちの2年目が終わるところ。このメチエ・ダールでは創作が主なため、教育の一環として保存・修復の世界も知るために、学年の終わりの今の季節に毎年、こうして国内の修復専門アトリエに短期修行に出るのだそうです。

フランスでは、こういった研修制度(STAGE スタージュ)や、見習い制度(APPRENTISSAGE アプロンティサージュ)がしっかり残っています。しかも、修行中の支出は一般に、自分の食費だけです。
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by jaimeleschiens | 2006-06-19 22:54 | 平日

三つの良いこと。

今日は、三つ、良いことがありました。

まずひとつ目は、私のいる村からさほど遠くないところにお住まいの日本人の方に、マルシェで久し振りにお会いして、この方のお知り合いの憲兵隊の隊長さんが、かつて日本で勤務していたことから、今再び日本語をきちんと学びたいと考えていて、教えてくれる人を探しているというので、私でよかったら、と返答したこと。学生時代に日本語教育を学んだことがこんなところで生きるとは。(まだ引き受けたわけではありませんが。)

二つ目は、日本の友人から「今テレビでサント・シャペル礼拝堂でステンドグラスの修復についてやっていた」と、その番組に出たフランス人の名前も書いたメールをくれたこと。そのフランス人は、ウチのアトリエ主と懇意で、私も数回お会いしたことがある方なので、なんとなく状況が目に浮かびました。ちなみに、ウチのアトリエ主も、前に一度NHKに出たことがあるんですよ。

三つ目は、今までどうやっても受信できなかったNHKの海外向け短波放送「ラジオニッポン」が、なんと今日、突然ラジオから聞こえて来ました。のど自慢。「あんこつばき」を歌っていたおばさんが、カネ一つでした。その後ほどなく、電波が乱れて聞こえなくなってしまいましたが、つかの間の感動でした。
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by jaimeleschiens | 2006-06-17 23:07 | 週末
今日から一週間、アトリエ主夫妻は、クロアチアへ旅行です。
毎度のことですが、かなりバタバタした出発でした。前回は、家族でエジプトだったのですが、そのときも「アトリエの鍵を掛け忘れたから、行って鍵を掛けてきてくれ」と空港から、一番アトリエに近い私ところに電話が掛かってきて、エライ時間だったのでびっくりしましたが、鍵を掛けに行きましたよ、真っ暗な夜道を懐中電灯を持って。

さて、今日は、午前中、弁髪少年(今日で研修終了)へ、パネルの組み方指導。少年は、自分で一昨日、昨日と絵付けをしたピエスを、鉛線で丁寧に組みながら小さな作品を一つ仕上げました。

少年への指導を終えて、私は昨日の続きに戻り、昨日アタッシュをハンダゴテしたところにウ゛ェルジェットをくくりつけて、午前の作業は終了。

今日は皆、午前中で仕事を終え、午後、アトリエ主夫妻が出発した後、私は、来週から来る研修生のためにアトリエ内の宿泊部屋を掃除しました。

仕事らしい仕事をしない、まったりした一日でした。
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by jaimeleschiens | 2006-06-16 22:04 | 平日

滞在許可証更新申請

聖ヒエロニムスの傍らの生き物、シンボル事典で調べたら、やっぱりライオンでした。

さて、今朝、朝イチに、アトリエ主から「滞在許可証の件で、県庁から連絡があった。」という知らせで、やっとできたか、今年は遅かったなあ、と思ったら、違いました。「法律が変わった。今まで通りの申請ではだめになった。」とのことで、不安いっぱいのまま、新たなパネル数枚から古いアタッシュ痕をハンダで取り除く作業。


午後、県庁からアトリエへ、申請の不備書類を知らせるFAXが届いたのですが、そのうちのいくつかの書類は、この前すでに提出したもの。なぜ再提出?アトリエ主曰く「いい加減なんだよ。」
あとは、私の口座のある銀行のサインの入った残高証明が手許に来れば全部の書類が揃うのですが、とても直接出向くことのできない、はるか遠く離れた、しかも午前中しか営業していない超ド田舎支店なので、来週いっぱいに送られて来るかどうか...。

でも、県庁からの知らせが今日でラッキーでした。
明日からアトリエ主夫妻は一週間の海外旅行に行ってしまうので、もし明日この知らせが来ていたら、うやむやになったまま滞在許可証更新も不可能になってしまっただろうと思います。
今までにも、こういった、ぎりぎりのところで連絡や通知が来て、なんとか切り抜けられたということがたびたびあるので、見守っていてくれたご先祖様に感謝。

午後はこうして、申請書類にかなり時間を費やし、ようやく作業に戻って、聖ヒエロニムスのパネル二枚に、ウ゛ェルジェットをくくりつけるためのアタッシュをハンダでつける作業。ウ゛ェルジェットを固定する位置を事前にきちんとメジャーで測って、1mmの狂いもなくハンダ付けしました。
その後は、個人所有の大型パネル4枚セットのネットワイヤージュ(nettoyage 洗浄)。「NEW DES 3%」という液体で、汚れを丁寧に取り除く作業です。
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by jaimeleschiens | 2006-06-15 22:57 | 平日

ホワイト・スピリット

今日も朝から、昨日の「パンチュール・ア・フロア」の続きです。
これにほぼ一日。衣服の肘の部分の影付けもなんとか終了、聖ヒエロニムスの足下にいる犬だかライオンだかわからない動物も、輪郭を辿っていきながら結局最後まで犬だかライオンだかわからないまま、とりあえず「生き物」として終了。あとでシンボル事典かなにかで調べてみたいと思います。
一日中ホワイト・スピリットを嗅いでいた上に、使用後の筆類一式を油性絵の具がすべて落ちるまでホワイト・スピリットで何度も何度も洗ったりしたため、臭いが鼻に残って、なんだか夕飯を摂る気がしません。車酔いするほうなので、こういった油の臭いはどうも...。
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by jaimeleschiens | 2006-06-14 22:19 | 平日
今日は昨日のパネルのオリジナル・ピエスの、グリザイユが施されていないほうの面に、「パンチュール・ア・フロア(PEINTURE A FROID)」(=焼きつけない絵付け) をしました。丸一日、アトリエの北側の壁(一面ガラス張りになっている)にパネルを立てて、自然光を背に、少しずつ黒の油性絵の具を乗せて影の濃淡を出していきます。しょっちゅうではありませんが、こういった方法も、たまにとられます。

やっぱり難しいのが、衣服の影付けです。
特に、肘を曲げた部分の影の流れ。
それも、自分で全部創作するのなら問題ないんですが、オリジナルが微妙に残っていて、しかもそれがもともとあまり上手でない絵だったりすると、その絵に合わせるのが難しい。

実際、けっこうあるんですね、どう贔屓めに見ても、これはちょっと...なパネル。
「自家製焼きたてパン」のパン屋が必ず美味しいパン屋だとは限らないのと同じで、ステンドグラス工房も、昔も今も、ピンからキリまであるわけです。

また、面白いことに、絵付けが上手なパネルは鉛線の組み立てがいい加減で、完璧に組まれているパネルはなぜか絵付けがいまいち、という不思議な相関関係があります。なんででしょう。
前に、歯医者さんで「歯が丈夫な人は歯肉が弱くて、歯肉が強い人は虫歯になり易い」というのを聞いたことがありますが、それと同じかどうか。
世の中なんでもバランスなんですね。

さて、今、もうすぐ18歳になる、なぜか弁髪の少年が、パリからこのアトリエに今週一週間の研修に来ています。
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今晩、アトリエ主ご夫妻の友人二人(美術史家と、修復家)が、アトリエ主の奥さんの仕事(やはり絵の修復)の関係でアトリエ主宅に一泊することになり、この美術史家さんには前に一度お目にかかったことがあるので、私も食事に呼ばれたのですが、この少年と美術史家とが甥とおばの関係だったことを食事の半ばまで知らず、いやあ、そういうつながりだったのかあ、と、なんというか、しみじみと、こう、思うものがありました。
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by jaimeleschiens | 2006-06-13 23:59 | 平日
今日は、まず朝一番に、今まで絵付けをしていたパネルに補強棒(ウ゛ェルジェット VERGETTE)をくくりつける作業。

前に載せたシャルトル大聖堂の窓の裏側の写真で、複数の細い金属棒やくさびや金属板がくっついているのが見えると思います。この細い金属棒が「ウ゛ェルジェット」、くさびを「クラウ゛ェット CLAVETTE」、クラウ゛ェットのついた金属板を「フォイヤール FEUILLARD」といい、また、この写真からは見えませんが、もともと窓には、各パネルの大きさに合わせて金属の骨組みがなされていて、これを「バルロチエール BARLOTIERE」といいます。バルロチエールとフォイヤールは必ず対になっていて、この両者でパネルを挟み、クラウ゛ェットで留めて固定します。
フランスでは、どんなに小さい教会でも、窓はほぼこの形式です。

ウ゛ェルジェットはパネル一枚につき普通は数本つけますが、その前にまず、8〜10cmに切った銅線をハンダで必要箇所に留めて(attache アタッシュといいます)、そこにウ゛ェルジェットを置いて、このアタッシュでしっかりくくりつけます。

これは慣れればなんてことない作業なのですが、私は、前にほんの数回やったきり半年振り以上の作業だったので、今回は思いのほか時間がかかってしまいました。

これが終わったあとは、この県内のある教会のパネルの修復作業に移りました。
このパネルは、聖ヒエロニムスが描かれているのですが、オリジナルの絵付けの損傷が激しくて輪郭しか残っていないため、今回は、修復が必要な箇所の複製を作って、その複製ピエスにコパーフォイルを巻き、それをオリジナルの上に数カ所をハンダで点止めして被せてしまうという方法をとっています。これを「doublageドゥブラージュ」と呼びます。普段は行わないやり方ですが、たまにこういうパネルを見かける時があります。

また、コパー・フォイルをガラスに巻き付けてハンダゴテをするというやり方は、日本ではすっかりお馴染みの「ティファニー」そのものですが、フランスでもこれを「ティファニー」、動詞では「ティファニゼ tiffaniser」と呼び、修復作業で重要な要素のひとつとなっています。

現在、モニュモン・イストリックのステンドグラスに関しては、割れたガラス片の修復に、一応次のような決まりがあります。

割れたガラス片同士が、もともとオリジナルの一枚のピエスで、割れたときのまま、何も加工されていない状態
 → 割れ目をエポキシ樹脂でコラージュ(collage 張り付け)。

割れたガラス片同士が、もともとオリジナルの一枚のピエスで、割れ目の一方または双方が、部分的に削られたりカットされたりと、何かしら加工されている。つまり、過去、すでに修復が施されている。
 → 割れ目で加工されていない部分をティファニー

割れたガラス片同士の片方はオリジナルだが、もう片方はまったく別のガラスが組まれている。つまり、過去、すでに修復が施されている。
 → ガラス片同士をできるだけ幅の小さい鉛線でつなげる。

これは、審美的意味のほかに、保存・修復の観点で、後世にパネルの修復状態を伝えるという重要な意味も含まれています。

今回、複製ピエスはすでに職人さんの手によって作られていて、私がするのはただティファニゼだけですが、日本人はコパーフォイルを巻くのが上手いと思われているようで、よく「ティファニゼよろしく♪」と頼まれます。実際、コパーフォイルを巻く作業は好きです。
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by jaimeleschiens | 2006-06-12 22:06 | 平日

フランスを感じる時

今日は、バカンスを終えた親切ご近所さんとともに、久し振りに街へ出て、朝市( MARCHE マルシェ)へ。

マルシェと言えば、もちろん、新鮮な野菜やチーズに肉、卵、魚、なんでもありです。
が、私の今日の目的は、メガネの上にかぶせる形のサングラスを買い求めること。
これ、すごいんです。もともとかけているメガネのレンズとそっくりそのままの形のサングラス用レンズを作ってもらい(ゴム性樹脂で左右が繋がっている)、使用時のみメガネの中心部からピタッとフレームにはめ込む仕組みです。
こういうの、日本にもあるんだろうか?フランスではかなり昔から普及していて、私も、いつも手に入れようと思いながら、なかなかその機会がなかったんですが。

で、今日こそは、と街のメガネ屋さんに立ち寄ると、サングラスレンズの加工に一時間半ほどかかるとのこと。その間メガネを預かると言うのですが、超ド近眼の私、眼鏡が無いと歩くのもおぼつかなくなって大変困ります。一緒についてきたご近所さんが、「午後街の近くまでイチゴ摘みに行くから、一緒に行こう♪ イチゴを摘んでいる間にメガネを預けておけば、問題ない。大丈夫、イチゴはメガネ無しでも摘めるから♪ お昼も一緒に食べよう。」ということで、一同合点して、午後もう一度ここに来る約束をメガネ屋として、村へ帰ってお昼を呼ばれてから、さあ行こう!(ご近所さんはイチゴ摘みにやる気満々、私はメガネ屋に行く気満々)と腰を上げると、「今は暑いから、5時過ぎに出発しよう♪」

(...メガネ屋、閉まっちゃうかも。)

「あ、メガネ屋も行くんだったね♪」

(...それがメインです。覚えていてくれて良かった。)

そのうちにご近所さん宅に電話が掛かってきて、電話先の相手も所用を済ませてから一緒にイチゴ摘みに行くことになり、こちらに到着し次第出発するということに。

私も一旦、住居に戻り、途中でアトリエ主夫妻と会って「これからイチゴ摘みに行きます」と言うと「お、よろしく♪」ということでアトリエ主家の分も摘んでくることに決定。
掃除やら何やらしながら、待てど暮らせど、いっこうに出発の気配がないまま、夕方6時過ぎ、こちらから電話すると、「さっきようやく到着したんだけど、もう遅いから今日はアウト。」

...やっぱりね。
こういうの、こちらではよくあることで、こんなとき、フランス人は、ひとこと「トンピ! Tant Pis! (しょうがない)」で終了。あとには何の尾も引きません。

...でも、私は日本人でした。

メガネ屋に行きたかったなあ。
アトリエ主もイチゴを摘んでくるの待っているだろうなあ。
(実際はアトリエ主も私がイチゴを摘みにいくということすら忘れている、というようなこともよくある。)

こういうところに、フランスを感じます。

でも、万事塞翁が馬ですからね。
まずは、マルシェの時にメガネを預けてこなくてよかった。さもなくば、今頃メガネ無しで、一体どうなっていたことやら。
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by jaimeleschiens | 2006-06-10 23:57 | 週末
ここ数日、なぜかログインができず、直接このブログのアドレスへ移動しても「まだ作成されていないブログです」って、なんで?

作成されているでしょ、5月末から。

いったい何が起こったのか。
ブログを開始してから、日々の雑記帳は白紙だったので、いやあ、焦りました。
やっぱり、きちんと紙にも記録しておくべきですね。教訓。

さて、その間にも絵付けを重ねていた修復パネルは、ほぼ修復完成間近となりました。

火曜日は、顔料の色を変えて影を作って焼き、
水曜日は、火曜日と同じ色でさらに濃淡をつけて焼き、
木曜日は、黒の顔料を薄く重ねてくすみを出して焼き、
金曜日は、パネルにはめ込んで自然光で色合いを確かめました。

ここで、簡単に「顔料」の説明をしたいと思います。
顔料には大きく三つの種類があり、それぞれ「グリザイユ grisaille」「ジョーン・ダルジョン jaune d'argent」「エマイユ email (eはアクソン・テギュ付き)」と呼びます。どれも600度前後で焼くとガラス化する絵の具です。

グリザイユは古い時代から使われてきた顔料で、今では数多くの色がありますが、もとは、色ガラスの上に茶色か黒のグリザイユで絵や模様の輪郭を描くのに使われてきました。フランスでは代々、茶色のグリザイユが主流です。シャルトル大聖堂の12世紀のパネルも、茶色のグリザイユです。焼き付けの温度は約620度で、焼き上がりは、ほぼ描いたまま、まさに「焼き付いた」感じで、表面はざらざらしています。

14世紀に入ると、ステンドグラス界に大革命が起こります。「ジョーン・ダルジョン」の出現です。これによって、絵付けの表現方法が飛躍的に発展します。
ジョーン・ダルジョンとは直訳すると「銀の黄色」。塩化銀と黄土を混ぜて液体で溶き、ガラス上に乗せてグリザイユと同温度で焼くと、その部分のガラスの中に黄色が入り込みます。現在では硫化銀と塩化物との混ぜものが使われます。

パネルが制作された時代を判断するのも、ジョーンダルジョンが使われていれば間違いなく14世紀以降のものであるとわかります。

16世紀半ば頃、新たな顔料が現れます。それが「エマイユ」です。焼き付ける時は、色によって温度を設定しますが、これがけっこう難しい。実際に焼いてみないと、どんな色になるかわかりません。
焼き上がった表面はつるりと滑らかで、ガラスの絵付けの可能性をさらに広げました。

ですが、修復作業では、通常はグリザイユとジョーン・ダルジョンが絵付けの基本です。

今回の一連の絵付け作業も、ずっとグリザイユ。木曜日で一応グリザイユは終わりましたが、現時点ではまだ完成ではなく、衣服部分のオリジナルのピエスの外側に残存しているエマイユの腐食痕との兼ね合いで、修復ピエスにもう一度処理を施すことになっています。
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一方、シャルトル大聖堂のパネル調査は、状態チェックの作業を水曜日に終え、コンピューターでの細かいデータ化作業に移りました。
ここから先は、「歴史的建造物」(モニュモン・イストリックmonument historique )ということで、残念ながら非公表です。しかたがありませんね。

木曜日、金曜日は、別の15世紀のモニュンモン・イストリックのパネルの汚れ落とし作業です。
汚れ落としといっても、水道水で洗い流したりするような恐ろしいことはしません。
特別に調合された液体をつけて特定の汚れを浮かし、蒸留水をしみ込ませたコットンで丁寧にその汚れを取り除いていきます。とても時間がかかり、地味な中でもさらに地味な作業ですが、それぞれのピエスを観察するにはもってこい、至福の時です。
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by jaimeleschiens | 2006-06-09 23:49 | 平日